魔法という言葉は、しばしば論理の反対側に置かれる。説明できないもの、存在しないもの、あるいは単なる空想として。しかし本研究が問うのは、魔法が事実として存在するかどうかではない。私たちが論理によって世界を記述しきったあと、なお残るものに芸術はどう触れうるのか、ということである。
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』では、語りうるものの限界と、語ることはできなくとも示されるものが区別される。その区別を創作の側から読み直すとき、魔法は非論理ではなく、論理空間に収まらない作用を設計し捉え直せるのではないか。
RESEARCH HYPOTHESIS
私の芸術は、論理空間において魔法たりうる。
この仮説を、講義の受け売りで終わらせず、氏の講義を出発点として自分の制作原理へ接続する。それが本稿の目的である。
